秋元康氏の語り AKB48

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僕は、時代によってアイドル像が変化してきたとは思っていない。

正確に言えば、アイドル像やエンターテイメント業界が変化しているのではなく

消費する側のファンの方が変化しているのだと思う。

実は、こちら側は何も変わっていない。

 

常に、自分が良いなと思うものを作ってきた。

それが当たったり、当たらなかったりするのは、

消費者がその時に何を求めていたかによって左右される。

 

放送作家をしていた30代のころ、この時間の視聴者は

こういうものを欲しがっているはずと言った考えで

番組を作っていた。とても驕(おご)っていたと思う。

 

しかし、ある時、自分も大衆の一人であることに

気が付いた。見えない大衆に向けて、こういうのが

ウケるんだろうなと思って何かを作るのではなく、

大衆の一人でもある自分が面白いと思うものを作ろうと。

それからは時代とかマーケティングとか全く気にせず

作るようになった。

 

2005年のAKB48のプロジェクト。

この時も、マーケットのニーズなどは考えていなくて、

色んな人に反対された。しかし、毎日劇場で公演をし、

成長の過程が見えるアイドルって、面白いと僕は単純に

思っていた。この頃、違法ダウンロードや不正コピーも

出始めており、これから生き残るのはやっぱりライブだなと

言う思いもあった。

 

アイドルが大衆を変えたり、時代に合った仕掛けをしたりするわけではない。

大衆が望んでいるときに、それを登場させることが重要。

夕方、部活でお腹をすかせた野球部員に、タイミングよくカツカレーを

出せるかどうか。これこそがブレイクの境目。

 

おニャン子のときは素人に、AKBのときは成長するアイドルに

シンパシーを感じることが大衆のお腹具合だったのだと思う。

(日経BP社 秋元康氏へのインタビューより引用)

 

<ばたさん語り>

今は落ち目になりつつあるのでしょうか、

AKB48を立ち上げた秋元康氏の語りです。

秋元氏は本当に稀代のヒットメーカーですね。

 

1980年代後半からの音楽界は本当にざっくりですが、

おニャン子→小室ファミリー(TRF、安室、globe等)→モーニング娘

→AKB48

と変遷してきたように思います。

 

これをプロデューサーで見ると、

秋元康→小室哲哉→つんく→秋元康

となります。

 

1980年代後半から20年近く経ってAKB48を

プロデュースし、そのAKBも10数年人気を

保ち続けているのは、本当に偉業だなと思います。

 

秋元氏がどこまで本当の所を語っているのかは

わかりませんが、自分が良いなと思うものを作ってきたと

言うのとライブが生き残ると言うのは、

非常に参考になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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